際ツキ事故防止のために
ある種の製品をドライクリーニングすると、写真のような「縫い目に沿ったシミ」を発生させることがある。
このようなシミを「際(キワ)ツキ」と呼ぶ。
   
「際ツキのメカニズム」
 
 一般的に、もっとも際ツキが発生し易い繊維製品の構造は、表地裏側に通気性の全くないフィルムを貼り合わせたりコーティングが施された状態で中ワタが入っているようなものである。
 また、高密度織物という、ひじょうに細い繊維を高度に緻密に織ってある生地を使用している場合も、際ツキが起こりやすい。この高密度素材は、若干の通気性はあるが、一般の織物に比べると通気性は極めて悪く、そのような素材を2重に使ってダウンや中綿が飛び出さないように工夫をしているが、それ故中ワタに含まれた溶剤がたいへん乾きにくい構造となっている。

 この様な製品の場合、ドライクリーニングすると表地の表面に浸透しただけの溶剤は容易に揮発するが、中ワタに浸透した溶剤は、縫製の穴だけしか揮発経路がないので、縫糸を経由して少しずつ表地に浸み出す。

 このときには既に表地はほぼ乾いていいるので、縫製の穴から滲み出してくる溶剤が乾く時、その場所に溶剤中の不揮発性成分(界面活性剤や加工剤、溶剤中の汚れ粒子など)を集中させ、取り残す事になる。これがいわゆる「際ツキ」のメカニズムでである。

 また、ラミネートやコーティング製品の場合、経時劣化や様々なものの影響により、コーティングやフィルムの接着樹脂が溶解して表面にしみ出し、違った形でシミを発生させたり、みみず腫れのようなブクツキを発生させることもある。→樹脂製品の経時劣化事例

「際ツキを何故防止できないか?」

 さて、この際ツキが発生するメカニズムが解れば、際ツキを防止する方法を工夫する事が出来る。
 まず、際ツキの原因物質が洗剤の成分や溶剤中の汚れの微粒子である事から、「洗剤濃度の管理」「溶剤中の汚れの管理」が最も重要である事が解る。しかしながら、日本のドライクリーニング事情から考ると、1浴式コールドマシーン(蒸留機がなく、1つのタンクの溶剤でフィルター循環させながら洗浄・脱液だけする機械)がほとんどで、洗剤濃度が低い溶剤での濯ぎをしにくい(バッチ洗浄をうまく組み合わせれば幾分マシではあるが)。洗剤濃度を相当シビアに管理しないと適正濃度を保つのは現実的にはひじょうに難しいと思われる。
 このような仕組みなので、短時間洗浄処理をすると最終脱液までに溶剤中の汚れを解消できない状態(つまりフィルター循環による溶剤の清浄化時間が短い)で洗浄工程が終わってしまう事が多く、とくに繁忙期などワッシャー数が多くなり、連続して洗浄を繰り返すと溶剤中の汚れ濃度がある程度に高い状態におかれると思われる。
 そういった溶剤でこのような溶剤の抜けにくい構造の商品を洗うと、中ワタにまで浸透した汚れ粒子を多く含んだ溶剤は、短時間では当然濯ぎ切れないので、最終脱液時でも相当汚れを含んだ溶剤を中ワタに取り残したまま脱液することになり、これが乾燥時にじわじわ滲みだして際ツキを発生させる事となる。

 そして、多くの商品には「タンブラー乾燥はお避け下さい」というような「不適切な付記用語」の表示がある。これは全く逆で、自然乾燥のような静止した状態で徐々に乾燥させる事は、メカニズムの所でも記したように「確実に際ツキを発生させる」事となる。また、このような商品をタンブラー乾燥禁止にするような合理的理由が見あたらないことが多く、またダウンウェアの場合などは、嵩高性(ふくらみ)を回復させる為にもタンブラー乾燥は必須条件である。

 また、水洗いが出来ない、石油系ドライのみの表示になっているものが多いが、上記のような日本のドライクリーニング事情を考え、また、素材が水洗にも十分耐えるものがほとんどである事から、本来ならドライクリーニングを避け、水洗いで処理すべき製品である。




このように、水洗バツ・ドライ石油系・タンブラー乾燥禁止表示の製品が多い。
際ツキを発生させない洗浄方法と製品作りのポイント
1,

水洗いを行い、タンブラー乾燥する。すすぎは、しっかり確実に行い、脱液時間を長くする事。(脱液時のバランスに注意)

2,

水洗いの際は、アウターであり、油性ヨゴレが多く付着していることを考慮し、弱アルカリ性洗剤で40℃程度、水洗機(ヨゴレ除去のためには若干の機械力は必要)で処理をする。場合によっては油性ヨゴレに対し然るべき前処理を行う。ダウンの場合、全体の洗浄は中性洗剤が望ましい。製品は、このような洗浄乾燥方法に耐えるものを提供する。

3,

105、106、107表示等の場合、表示より強い処理を行うことでリスクが発生するので、水洗いの場合、クリーニング受付時に「リスクについて」説明し、消費者の了解を得てから処理すること。

4,

ヨゴレの状態や素材などの制約で止むを得ずドライクリーニングする場合は、以下の点に注意する。

1、洗浄時間を長く取る
 通常、一浴式ドライクリーニングにおいては、再汚染防止の観点から、ドラム内の溶剤が最低でも7回程度入れ替わる様に洗浄時間を設定しなければならないとされている。たとえば、溶剤流量が1分間に80リットルでドラム内に溜まる溶剤量が100リットルであれば、最低の洗浄時間は9分と言う事になる。実際は、「アップ・ダウン」という、ドラム内に溜まる溶剤の液位を上下させて洗う工夫をした機械が多いが、それを考慮してもこの程度の時間は必要(機械力に弱いデリケートな製品に対しては、単品で回転数を落とす)。このような製品は、その構造から考えて、中ワタに浸透した溶剤が濯ぎ出されるには、一般的な衣料よりかなり長い時間洗浄(すすぎ)しなければなならない。最低でも倍の時間は必要ではないか。
2、洗浄時の溶剤の汚れ方の管理
 蒸留直後や、フィルター循環を十分に行った後の洗浄では問題ないであろうが、何ワッシャーか連続洗浄された後の場合、被洗物の汚れ具合にもよるが、ベースタンクの溶剤はある程度汚れている事が予想される。1回の洗浄に20分程度かけ、洗浄で汚れた溶剤がフィルターや吸着剤で十分ろ過・清浄化されていない状態で次々とワッシャー数を重ねていけば、汚れた溶剤のままで次の洗いをする事になる。このことが再汚染事故の最も大きな要因と考えられ、トータルに見て溶剤の状態が良くても、瞬間瞬間で見ていくと溶剤の汚れが相当ある状態で洗っている可能性も高いので注意が必要。
3、同浴品の汚れ具合はどうであったか?
 この様な際ツキ事故を起こしやすい商品は、単品洗浄かもしくは、汚れの少ないものと少量で洗う事が理想的である。汚れが多いものと同浴すると、溶剤中に他の衣料から溶け出した汚れが多くなり、その汚れた溶剤が中ワタに浸透し、際ツキを発生させる一因となる。相当な汚れが中ワタにまで浸入した場合、この様な製品の構造から、短時間で中ワタの汚れを濯ぎ出す事は困難であることから、必ず清浄な溶剤で出来れば単品に近い形で洗う事が際ツキを生じさせない手立てと言える。
4、ソープ濃度の管理方法は確立されているか?
 日常業務の中でソープ濃度はどのように測定管理しているか。よく資材商や洗剤メーカーに測定を依頼する業者がいるが、全く意味がない。なぜなら、ソープ濃度は、活性炭などの吸着剤の状態で洗浄毎に相当な変化が起こるからである。こまめな測定を自分で行い、長期間データを積み上げなければなかなか安定したソープ濃度を得る事は出来ない。ソープ濃度が過剰であれば、当然「不揮発性」の物質が溶剤中に多くなる事になり、際ツキの原因物質となる。出来るだけ清浄な低濃度ソープの状態で濯ぐ事が際ツキの発生を防止する手立てとなる。
5、脱液時間はどれくらいであったか?
 通常の製品であれば、ある一定以上の脱液を行うとそれ以上の時間脱液を行っても脱液率が上がる事はないとされている。しかし、この様な際ツキを発生させやすい商品は、構造的に中ワタの溶剤が生地表面から抜ける事が難しい為、出来るだけ長時間、脱液をかける事によって中ワタに残留する溶剤を絞り出す事が出来ると言われている。最強の状態で約10分程度脱液を行えば、かなりの確率で際ツキを防ぐ事ができる。また、裏返してもう一度10分程度脱液を行うと表地よりも若干溶剤の抜けがよい裏地からさらに溶剤を除去する事ができるので効果的である。
6、乾燥方法と時間
 乾燥は、自然乾燥は絶対と言って良いほど際ツキを発生させる。静止乾燥ではなく、タンブラーで回転させながら乾燥する事によって、残留溶剤が一部分に集中することなく、まんべんなく拡散されると思われるので、この様な状態で、完全乾燥まで行うべきである。どうしても商品に掛かる負担を考えてしまい、短時間乾燥で切り上げたくなるが、中ワタに溶剤が残留している状態でタンブラー乾燥を止めるのは自然乾燥と同じ結果を生む。製品作りでは、タンブラー乾燥に耐えるものを提供する。